最初の二日間は長距離の移動に大分時間を取られていたが、ジャイプルにはもう一泊するので今日はゆっくりと観光することが出来る。
最初の目的地はアンベール城だったが、途中で幾つかのスポットに立ち寄った。初めに車を止めたのは鳩が沢山いる建物。鳩の巣かと
思ったがここはアルバート・ホールという中央博物館のようで、豪華なコレクションが並んでいるみたいだ。
その後門をくぐり旧市街地に入っていった。ジャイプルの「プル」とは「城壁に囲まれた町」を意味しており、ジャイプルの旧市街地は
7つの門をもつ城壁に囲まれている。そしてその町並みがピンク色に統一されていることからピンクシティと言われている。
門の向こうは今までのインドの雰囲気とまるで違い、名前の通り華やかな感じがした。そしてピンク色の綺麗な建物が風の宮殿で
ジャイプルのシンプル的存在だ。彫刻を施したテラスがびっしりと並び、風通りが良いことから風の宮殿と言われてるみたいだ。
水の上のたたずんでいる建物は水の宮殿でマハラジャが別荘として建てたもの。
高いところからジャイプルの町を眺めたいと思っていたのでガルタに行くことを考えていたが、ジャイガル要塞も丘の上にあり、 アンベール城からも近いのでジャイガル要塞に行くことにした。 1036年に建てられた要塞で、一度も敵の手に落ちたことがないため 良い状態で残っている。ここからはアンベール城の全貌や周囲の町や山が一望できる。ピンクシティと呼ばれているジャイプルだが、 見えた町は全体的に青みがかっていてブルーシティだった。場所によって特徴が違うのだろう。 それと要塞だけあって大砲があった。大きな大砲があるなぁと思いつつ流して見ただけだったが、 砲身8m、射程20kmの世界最大の車付き大砲だったようだ。
前日同様に最後の目的地に行く前にお土産屋に連れて行かれた。最初に見たところは織物等を扱う店だったがまったく興味がなく
2分くらいで店を出た。その後少し車を走らせ2軒目は絵を扱う店だ。様々な色の石を砕いて作った絵の具で描いたものだった。
色鮮やかで丁寧に描かれていて綺麗だったが、興味を示すと面倒なので適当にあしらっていた。すると今度はエロ系の品を色々
見せてきた。その中に手作りのジキジキトランプがあり、ネタとしては面白いと思った が
一組なんと300ドル。ぼったくり過ぎだよインド人。係わる気が失せたので店を後にした。
旧市街地に戻り最後に見たのがマハラジャが今も暮らすシティ・パレス。全体的に小奇麗な所だった。 案内板の番号を見ながら適当に歩いていたが急に番号が飛んでしまい暫らく同じ道を何度も通っていた。 シティ・パレスが何なのか分からないで入ったが、半分展示館のようなところみたいだ。 衣類や絵画、武器館などがあったが、膨大な武器コレクションは見ごたえがあった。 巨大な2つの銀の壺も印象的だった。これはギネスにも登録されている世界一大きい銀製品だ。 その昔、マハラジャがイギリスに行く際に持って行ったといわれるもの。これにガンガーの水を入れて沐浴するために 船で運ばせていたそうだ。
ホテルに荷物を置き、夕食をとるためにオートリキシャをつかまえてジャイプル市内に向った。まだ日が暮れるまで多少の時間があったので 少し散策することにした。大通り沿いは賑わっていたが、一本入った商店街は休日のせいか半分以上のシャッターが下りていた。 ふらふらと30分くらいは歩いただろうか。その間途中からずっとサイクルリキシャがついてきた。まだ12歳位の少年だった。日本では小学校に 通っている位の年なのに自分の力でお金を稼ごうとしているのだから感心してしまう。来た場所から離れてしまったこともありこの少年に 連れて行ってもらうことにした。その後地元の人に人気のレストランで食事をした。店内の雰囲気とか食事内容もよく、値段もお手頃だ。 観光の途中で連れて行かれたレストランがいかに観光客向けかが分かった。 ホテルまでの帰り道もサイクルリキシャで移動した。これもまた少年だったが距離が大分あるので大変そうだった。途中で疲れたから歩いてくれって 言ってくる適当っぷりもなんだか微笑ましい感じだ。結局戻るのに一時間位かかったが、歩いてる途中にインド人が話しに割り込んできたりして フレンドリーさを感じつつなかなか楽しかった。
ホテルに戻るとロビーに5,6人の日本人がいた。話を聞くとみんな旅行会社に連れて行かれてツアーを組まされたようだ。 同じルートを回っているのに明らかに高いし、途中でも散々ぼられたといっていた。こういうのってやっぱり多いんだなと感じた。 部屋に戻り少しすると運転手がチップを要求しに来た。こういう展開になると思っていたのでKさんと予め一人5ドルにしようと決めていた。 相手の言い分は一人20ドルで話は纏まらず次の日に決めることになった。そしてノートを差し出して感想を書くように言ってきた。 運転手は「おまえらはいつも疑っている」とか良く口にしていたのに何で書かせる人を選ばないんだろうと思った。 運転手の顔をたてる一文を添えて批判的な内容を書き、何を書いたか聞かれたが良いことしか言わなかった。